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猫印

見てください♡
本当に沢山の印が届きました!全部で7個!

私の代名詞みたいになっている
“猫印”を作ってくれた篆刻家の星舫さんに追加で新しい印を注文。
オーダーは小さい作品用に押す雅号印と、遊印です。

私の書家としての名前が「明游」。
こちらが雅号になります。

雅号とは、芸術家・文人・学者らが、自分の世俗的な名前や身分を離れて風雅を楽しむためにつけた名前のことです。なので、必ず持たなければならないというのもではなく、著名な書家・画家の中にも本名で作品を発表し続けている人がいます。
雅号をもつきっかけとしては、その道の師匠から授かることが多く、私の場合は上籠 鈍牛先生からいただきました。(最初につけてくれた雅号に、やだぁ〜とか文句言って2回目の「明游」で決まったのはみんなが知らない話。笑)遊びに遊びまくっていたので「明游」になりました。「氵」の游になったのは、私が「辶」を書くのが苦手だから。笑

中国でも日本でも、古くは落款を入れる習慣はなかったようです。
唐代になると、書が実用の域を超えて芸術的な要素を含んできたため、
落款を入れた書も時折見られるようになります。
宋代でも黄山谷(こうざんこく)や、
米元章(べいげんしょう)などは落款を入れていますが、
まだ一般的とはいえません。
落款を入れるのが盛んになったのは、元代だそうです。

日本に落款を入れることが定着したのは、近代になってからのことです。
落款は、誰が書いた作品かを示すものですが、日本では長らく書に作品としての意識を持っていなかった為、写本や色紙類にも落款を入れる習慣はありませんでした。しかし、日明貿易が盛んになった室町時代に、宋・元・明の書風が伝えられ、それらの書跡に印が押してあるのを見て、日本の禅僧たちが真似るようになったと言われています。

落款は、その作品の書き手を明らかにするものなので、
作品として発表するならば何らかの形で落款を入れる事が原則です。
作品に対する自己責任という意味から、印の無い落款は不十分です。

ですが、昭和の三筆「日比野五鳳」が昭和43年に日展に出品した作品「ひよこ」には落款がありません。これは日比野氏が書道会の先輩である鈴木翠軒氏にこの作品を見せたところ、「このような優れた作品は日比野五鳳にしか書けないのだから、落款を入れる必要はない。」と言われて、あえて落款なしで出品したという逸話があるようです。

印にも種類があって落款印・引首印・押脚印・堂号印・成語印・遊印・肖形印などがあります。
私が作ってもらった遊印は、押す場所に特に決まりがなく、本文中の弱いところえお補ったり強調したりする印です。

肉球の印と、右下の印が遊印です。
「心與月倶静」心は月と共に静かなり。

前に書いたお気に入りの禅語で作ってもらいました♡
次は何作ってもらおうかな〜。
星形の印とか、魚の印もほしいなーとか思ってるところ…♡