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創造行為としての解釈

月曜日!おはようございます。
先週は夏日が続いていましたが、今週はあまり天気がよくないみたい。
なにやら台風1号の仕業、?

先週の出来事
・日本の書展の図録と私の作品のブロマイドが届いた。
・メイクを週4回もした。
・みんなの風呂の温度が予想以上に熱すぎた。
・おすすめの美容グッツ紹介したらブスすぎて震えた。
・「鮨はしもと」さんのばらちらしを食べた♡
・苗を植えた!(YouTubeにup!)

以上です。

“シュルレアリスム”が芸術表現にもたらした新しい寄与はいろいろあるけれど、そのうち特に注目すべき重要なものの一つは、作品解釈の幅を大きく広げたこと。それまで作品を解釈すると言えば、作品にこめられた作者の意図を正しく理解することにあるとされてきました。別の言い方をすれば、「作者のメッセージを正確に受け取る」ことです。なので、もしその意図を誤解したり、メッセージにはない内容を受け取ったりしたら、それは誤った解釈ということになる。当然、そのような解釈が成立するためには、たとえ明示されていないにしても、作品の背後にはっきりした作者のメッセージが存在するということが前提となります。

その場合、鑑賞者、すなわち作品の受容者に要請されるのは作品そのものの分析や、あるいは作者の言葉、同時代の証言などの資料を手がかりとして、メッセージの意味を正しく読み解くことであって、それ以外の解釈は許されない。ですが時には、作品のメッセージが当初から明確に決まっているわけではなく、受容者の解釈を通じてはじめて完結するような作品もあります。その時には受容者は、メッセージの一方的な受け手になるのではなく、ある程度まで創造的行為に参加することとなります。


ウンベルト・エーコは、特に20世紀の芸術において、受容者の参加を要請するような作品がしばしば登場する状況を指摘して、そのような作品を「開かれた作品」と呼びました。
「開かれた作品」では、作者の意図に加えて、音楽なら演奏家や聴衆、絵画なら観客の解釈が作品を最終的に完成させる。シュルレアリスムの画家たちは、謎めいた不可解なイメージを提示することによって見る者の想像力に働きかけるという手法をしばしば用いたが、なかでも特に彼らの想像力を刺激したのは、キリコによる「アポリネールの肖像」です。
作品が、作者の当初の意図を超えた別の意味を持つようになった珍しい例になります。


「珍しい」とは西欧世界においては、という意味で、日本のことを考えてみると、それは必ずしも珍しいことではない。西欧では芸術作品はあくまでも一人の個人の産物なので、その作家の意図を正確に理解することが解釈だという考えが今でもなお根強くあります。
一方で日本は、連歌や連句の場合を思い出してみればすぐわかりますが、ある人の提出した句をそのまま受け取るのではなく、そこから新しく別の世界を描き出してくることが必要とされる。それは新しい解釈の連続と言ってもよい。そしてそのことは、一句立ての作品の場合でもあり得ることだと思います。

実は最近「ピアノの森」をみていて、
高階秀爾の「日本人にとって美しさとは何か」を思い出しました。

【公式】TVアニメ「ピアノの森」

一色まこと原作のTVアニメ「ピアノの森」の公式サイト。森に捨てられたピアノをおもちゃ代わりにして育った一ノ瀬海が過酷な境遇にも負けず、ショパン・コンクールで世界に挑む姿を描く感動の物語。

「のだめカンタービレ」や「4月は君の嘘」、そしてこの「ピアノの森」。
西洋の音楽芸術を題材とした漫画・アニメは沢山あります。
(音楽なのでアニメがある場合は、アニメも必ずチェック)
ピアノやら、ヴァイオリンやらオーケストラのクラシック音楽です。

ここで必須で出てくるのは“楽譜”なわけですが、
コンクールにおいて譜面通りに演奏することは何がなんでも大切なことです。
作者の生い立ちや時代背景、そこから生まれる作者の感情、
メッセージを正確に受け取り解釈して再現する。
それ以外のことはやってはいけない。
「自分のオリジナルを入れるなんて作者への冒涜だ!」となるのです。

この「ピアノの森」でも同じようなセリフや言い回しが出てきます。
ですが、メインのコンクールである「ショパン・コンクール」では
それのさらに上の音を評価されていました。プルスウルトラ!
(あ、違う漫画でてきてしまった※僕のヒーローアカデミア)

「自分の音を奏でなさい」というセリフ。
ここでいう“自分の音”って言うのは、
自分の好き勝手に演奏する音のことではなく、
何度も何度も譜面をなぞって自分のものにしていく過程で、自分らしさが滲み出た音。
自分の辿ってきた道や感情。それが“自分の音”になる訳です。

どの芸術でもやる事は同じような気がしていて、書道もそうだなぁと。
古典を学び、先人達の書に敬意を払い、日々臨書をしていくなかで自分の字を確立していく。
(私は一刻も早く臨書しろ)
そこから新しく別の世界を描き出していく。
プルスウルトラ!

とりあえず、臨書しよう。